2019年のベスト

2019年。令和元年。色々と忙しく余裕がない年だったが、それでも良かったことはあった。つらかったこと、大変だったことは85%ぐらいは忘れてしまった。良かったことは90%ぐらいは覚えている。

そんな2019年の記憶をここに残したい。

ストーンズ回顧録

 3月、五反田でEXHIBITIONISM ザ・ローリング・ストーンズ展が開かれた。メンバー自らがプロデュースする企画展で、2016年からロンドンを皮切りに、ニューヨーク・シカゴ・ラスベガス・ナッシュビルシドニーと世界各地で開催されてきた。東京はアジア唯一の開催となるらしい。幸運にもこの展示を見ることができた。そしてストーンズの魅力について改めて考える機会となった。50年以上現役続行しているストーンズだが、ふと気がつくと30年ぐらいはリアルタイムに接していた。思い返せばドキドキすることが多かった。2019年のベストとして回顧録を残したいと思った。

  • 1987年。高校生のある日、友人から『Hot Rocks』という編集ベストのテープを借りて、通学中にWalkmanで聴いていたのがストーンズとの最初の出会いだった。当時はその魅力など良くわからずにとりあえず聴いていた。

  • 1988年。この頃、CreamとかPaul Butterfield Blues Bandとか、ブルース・ロックと言われるジャンルの音楽に魅力を感じるようになった。まだストーンズとブルースの深い関係など知らなかった。

  • 1990年の2月、ストーンズが初来日するという歴史的出来事に直面した。ロックン・ロールな友人はまもなく始まる大学入試などどこ吹く風で、東京ドームに向かった。なぜストーンズに熱狂しているのかよくわからなかったけど、ロックな友人がまぶしく見えた。

  • 1991年、山梨県で暮らすようになりBOOK  BAHNって名前のCDも売っている街の本屋によく通った。そのころ、Virginレコードから70年代〜80年代の紙ジャケットを再現した輸入盤復刻CDが販売されており、8つのタイトルを買いそろえ繰り返しきいた。各タイトルは、アルバムごとに違う色があり、高校生のころ聴いたベスト盤にはない素敵な曲が多いことに気がつき、ストーンズが好きになった。特に気に入ったのはカントリー色の強い『Exile On Main St』、テンプテーションズのカバーも収められた『Some Girls』、カッコいいR&Rと素敵なバラッドの名盤『Tatto You』。

  • 1993年、ミック・ジャガーのソロ『Wandering Spirit』を聴いた。レニー・クラビッツと共演したUse Meがいい。

  • 1994年頃、FM富士の何かの番組に生出演することがあった。詳細は良く覚えていない。そのときにリクエストした曲がSome Girlsに入っているバラッド『Beast of Burden』。後にも先にもラジオにリクエストして曲がかかったのはこのときだけだ。

  • 1994年、'ラスト・ソウルマン’ Bobby Womackの復活作『Resurrection』にストーンズやロッド・スチュアートが参加。アルバム自体も傑作だが特にストーンズ参加曲が良い。

  • 1995年、アイルランドの民謡バンド、ザ・チーフタンズの『The Long Black Veil』を聴く。ヴァン・モリソンミック・ジャガーが参加した傑作。

  • 1995年3月、前年に発表したアルバム『ヴードゥーラウンジ』をひっさげて、ストーンズが再来日した。高校生の時よりも経済的にも余裕ができ、東京ドームにこのライブを見に行くことができた。細かいことは覚えていないが、高校生の時まぶしかった友人に一歩近づけた、と思いうれしかった。

  • 2001年 ミック・ジャガーのソロアルバム Goodness in the doorwayを聴く。傑作。

  • 2005年 未発表音源を集めたRarities 1971-2003を聴く。シカゴブルースの雄、Muddy Watersの「Mannish Boy」が熱い。

  • 2006年3月、『A bigger ban』ツアーでストーンズがまたまた来日した。この頃栃木県で仕事をしていたこともあり、埼玉スーパアリーナまで見に行くことができた。ステージが前進する仕掛けがすごくて興奮したことを覚えている。ミック・ジャガーのパフォーマンスの運動量に腰を抜かした。還暦をすぎたジジイのそれをはるかに超越していた。そしてブルース・フィーリングにあふれたMidnight Ramblerが素晴らしかった。東京ドームのライブの数倍もこちらの方が良く記憶に残った。

  • 2016年Blue and Lonesomeを聴く。ブルースに回帰したカバー集。新曲の録音中に飽きてきたのでブルース・ナンバーをやっている内にできあがったらしい。

  • 2019年4月、ミック・ジャガーが心臓弁膜症の手術を受けた。ツアーは一時延期になったらしいが、治療を終えまた再開したらしい。いつまでも元気に、カッコいいブルース・ハープを聴かせてほしい。

  •  最後に今年見てきたEXHIBITIONISM ザ・ローリング・ストーンズ展について。ここで紹介されていたエピソードで気に入ったものを記憶の新しいうちに残して、この回顧録の締めとしたい。

  • ハーモニカ レッスン

  • 俺は昔よくアレクシス・コーナーのライブに行っていたが、彼のバンドにはシリル・デイヴィスというハーモニカ・プレイヤーがいたんだ。俺は当時18歳ぐらいで、シリルに話しかけてみたんだ。そのときハーモニカの教訓本なんてなかった。

    ミック 『ハーモニカ』の吹きかたを教えてほしいんです。

    デイヴィス『すって吹きやがれ。わかったら失せろ!』

    これが俺のハーモニカレッスンだったよ。

    その後、ミックは独学でブルース・ハープの演奏を覚えたのだろうか。Midnight Ramblerを聴くたびに彼の努力と情熱が想像できてうれしくなる。

  • シカゴのブルースマンに敬愛されるストーンズ

  • バディ・ガイ

    チェスのスタジオに現れたあの日以来、彼らはブルースを別のレベルまで引き上げたんだ。あいつらがこんなに有名になって、俺たちについてこんなにもいいことを言ってくれるなんて思いもしなかった。

    クラプトンやストーンズをはじめとして、イギリスのミュージシャンたちがブルースマンたちのキャリアをどれだけ後押ししてくれたか。そして素晴らしいのは、彼らがズカズカっとやってきて、『ブルースは俺たちが始めたんだ』なんて言わないところだ。彼らはいつも真実を語ってくれるんだ。

ラグビーW杯観戦記

 2019年、日本中を熱狂の渦に巻き込んだラグビーワールドカップ。高校生の時、ラグビー好きの友人に誘われて国立競技場に大学選手権や日本選手権を見に行った記憶がある。ラグビーをじっくり見たのはそれ以来だった。細かいルールはわからなくとも、予選リーグでの選手たちの奮闘は記憶に残るもので、心に響いた。

予選リーグをTV観戦していた頃、まさかRWCを現地観戦できるなど夢にも思わなかった。二つの奇跡が重なって、味の素スタジアムで開催された10月19日の決勝トーナメントの一戦を見に行くことができた。一つはチケットを予約していた東京に住む兄から同行者の都合がつかなくなり、その代打に誘われたこと。一つは日本列島を襲った台風19号の被害で、大月〜八王子間の交通が遮断され会場にたどり着くのは困難な状況だったが、当日の昼に奇跡的に中央道が開通したこと。

 八王子で車を泊め、京王線に乗った。飛田給の駅で降りたのも、味の素スタジアムに入るのも初体験で新鮮だった。駅を降りるとアイルランド人たちがわんさといて、盛り上がっていた。これがワールドカップか。ニュージーランド VS アイルランド。世界最強と称されるオールブラックスは強かった。世界最高峰の闘いを体感できたし、1時間半ぐらい並んで、素敵なキャップもゲットできた。TV観戦では味わえない、お祭りが体感できたのはこの上ない幸せだった。2019年の鮮やかな記憶。

街のサッカーチームのこと。

 今年、街のサッカーチームは得点力不足を解消し、J1昇格を果たすため限られた予算の中で、FWをたくさんそろえた。J1で得点王の実績を持つウタカ、昨年怪我さえなければ小瀬のヒーローだったバホス、そして甲府の太陽ドゥドゥ。金沢から万能型FWの佐藤洸一、そして怪我で長期離脱していたゾノ。これなら得点力が倍増してJ1昇格できそうだな、と期待に胸が踊った。しかし、現実はそんなに甘くなかった。自動昇格まで勝ち点8が足りなかった。良くも悪くもFWウタカと心中した1年だった。ウタカは20得点と目に見える実績は残してくれたが、昇格の原動力となるほどの爆発力や安定感が足りなかった。バホス。怪我が多く、メンタルにも問題があった。岐阜に移ってもその能力を生かせなかった。佐藤洸一アディショナルタイム金沢戦でのPK、山形戦での同点ゴールは痺れた。できることなら、洸一の得点で勝つ試合があれば良かった。ゾノ。怪我から復帰後の活躍はめざましかった。終盤の追い込みがかけられたのもゾノがいたからだ。プロの世界、特にFWは実績がすべてで、点をとらないと契約に直結する厳しいお仕事だ。皆、明日はどうなるかはわからないが、それぞれの持ち場で輝いてくれることを願っている。

 今年のベストの試合を一つ挙げるとすると、J1参戦プレーオフの徳島戦だ。後半開始2分でレッドカードによる退場者を出し、10人で点を獲って勝たなければならないところまで追い込まれた。あのタイミングでレッドカードをくらって苦しくなったのは個人だけの問題ではなく、チーム一年の総括であったと思う。素人目に見てもアラーノはファウルが多くて不安だったし、後半開始からラッキー・ボーイのゾノを投入していれば結果は違ったかも知れない。肝心のところでツキに恵まれなかった一年だった。しかし、残り時間選手たちが勝利だけを目指して奮闘している姿は確かに心に響いた。何よりも、最後の最後までドキドキさせてくれたサッカーチームに感謝している。

 来年も厳しいシーズンが待っているが、FWがかみ合ってチームが上昇してくれることをひたすら祈念している。そして、総合球技場の話が白紙にもどろうが、予算が少なくなろうが、カテゴリーがどこだろうが、何事もなかったかのようにホームの小瀬にむかうのだ。

2019年のベスト

今年良く聴いた曲。

『シャンプー/アンルイス他』

今年、竹内まりやのベスト盤を聴く機会があった。その中で特別耳に残った素敵な曲がシャンプー。元々、山下達郎が1979年にアンルイスに提供した曲らしい。康珍化氏の詞もいい。アンルイス、山下久美子、それから山下達郎のセルフカバーバージョンを繰り返し聴いた。どれも素敵なのだが、山下達郎のヴォーカルが情感があって一番好きだ。

『Strasbourg Saint Denis/ ロイ・ハーグローヴ

ロイ・ハーグローヴ。多くのジャズレジェンドと共演している人気トランペッターだが、改めて良く聴くようになったのは昨年49歳の若さで亡くなったのを知ってからだ。Strasbourg Saint Denis - Live at the New Morning 2007 が気に入って繰り返し聴いた。ちょっとツイてない時もこれを聴いているといいことがあるような気がする、そんな素敵な曲だ。一度、生で演奏を聴いてみたかった。

『茜さす 帰路照されど…/椎名林檎

椎名林檎はデビューの頃から耳にしているのだが、当時はピンと来てなかった。昨年20周年だったらしく初期の音源を聴く機会があったが、そのクオリティの高さになぜかこの年になって心に響いた。

『拝啓、ジョンレノン/真心ブラザーズ

歌詞がイイ。ジョンレノンを『ダサいおじさん』『バカな平和主義者』と揶揄しつつ、『そして今ナツメロのようにステレオから流れてくるあなたの声はとても優しい』と締める。素敵なロックン・ロール。

 昔発表された知らない曲や、過去に耳にしていてもピンと来なかった曲が、今になって聴いて響くことがある。音楽って不思議だと思った。そして、こんな時いつでも過去の名曲にたどり着ける音楽配信ってイイな・・と思った2019年暮れだった。

おわりに

令和元年のクリスマス。なぜか今頭の中にはレゲエのリズムに乗せて佐野元春の『Christmas Time In Blue 』って曲が流れている。

愛している人も、愛されている人も。泣いている人も、笑っている君も。平和な街も、闘っている街も。   メリー・メリー・クリスマス! Tonight's gonna be alright !!

この素敵な企画に今年も参加できたことに、改めて感謝。来年も皆様にとって幸多き一年になりますように。

この記事は、2019 Advent Calendar 2019の第25日目の記事として書かれました。